構造改革が進展して、これまで官が行なってきた公立保育園の運営や駐車違反の取締り、刑務所の管理までもが、民間の手によって行なわれる時代になった。
ただ民間といっても、この場合は大手・中堅企業がほとんどで、起業家が立ち上げた新規の事業が受け皿になることはまったくない。
所が、東西NTTが独占している電報事業の世界に、足を踏み入れた起業家がいる。
01年3月に電報会社を立ち上げたHさん(43)である。
この会社の業務内容には、どこにも電報の文字は出てこない。建前上は、メッセージギフトの配送会社だ。
これは、現在も電気通信事業法によって、国内電報は東西NTT、国際電報はKDDIと事業者が決められていて、それ以外の会社の参入は禁じられているためである。
Hさんが行なっている事業は、花を贈るときに付けるメッセージカードに、電報の役割をさせる方法。台紙を商品にして、メッセージはその添え物とする発想である。
Hさんが電報を強く意識したのは、学校を卒業して勤めていたドイツ家具の販売を行なう日本フクラ大阪営業所の時代に母親を亡くしたことだ。
送られてくる弔電は、どれもこれも同じような文面の定型文ばかり。文字数が多くなると料金が高くなるので、必然的に定型文になるが、こんな使い勝手の悪い電報は、やがて廃れていくだろうと考えた。
21歳のHさんは、そのことが起業までにはつながらなかったが、問題意識としてはしっかりと植えつけられた。
その後、大阪から東京へと移り、ビールのハイネケン・ジャパン、東京レストラ
ン協同組合と転職するにつれて、Hさんは再び電報と出会うことになる。
得意先の飲食店が新たな出店をするたびに、開店祝いの電報を頻繁に打つことが仕事の一つになったのだ。
そこで初めて個人ばかりではなく、電報には法人の大きな市場があることを知る。社長就任、昇進、工場新設、叙勲など、企業はいつも取引先に対して電報を打っている。
しかも、それまで通信というと固定電話だけのだった時代から、パソコンによるインターネットが広く普及を始めて、インターネットを活用して電報を大きく変えることができると確信した。
起業に至るまでには、弁護士を回ってメッセージギフト方式が電気通信事業法に違反していないか、確認して歩いている。最初に回った2つの事務所では違法として断られたが、3軒目の弁護士が大丈夫と背中を押してくれた。
もう一つの難題は、電報の役割を果たす台紙を配達してくれる宅配業者探し
である。ヤマトや佐川急便など大手は何度説明しても、違法性が高いとして取り扱ってくれない。そんななか、赤帽連合会本部だけが協力してくれることになった。
02年2月、この電報会社のメッセージカード配送事業「ベリーカード」がスタートした。所が、毎月の利用件数は200〜300通に留まり、一向に増える気配がない。赤帽には、事業計画で初年度100万通と通知していたため、とても連合組織の内部を説得できないので降りると言い出す始末。
Hさんは、急遽代わりの宅配業者探しで全国の地方物流会社を回り、9月には赤帽から切り替えに成功する。
この時期、民間で電報事業を立ち上げたのはこの会社だけではない。現在もそうだが、ネット事業で少しでも利益の出そうな目新しいビジネスなら、何でも模倣する風潮がわが国にはある。
その中でこの会社が生き残ったのは、全国の物流会社と契約して自前の配達網を構築し、午後2時までに申し込むと即日配達が可能な、東西NTTとこの会社だけしかないシステムを作りあげたこと。
また電報文面の文字数も増やし、そのうえ料金は、NTTの3分の1という低
価格を実現したことが大きい。
現在は、まだ初年度計画100万通の半分の50万通強に過ぎないが、15人の従業員で約6億円の売上高を誇る優良企業だ。
ただ、東西NTTに十分対抗しうる環境を作り上げながら、05年の取扱い件数
がNTT2500万通に対して、この会社の50万通強はいかにも少ない。
企業を立ち上げて4、5年のこの時期は、攻撃的に色々な企画を立てて、カード名を色んなシーンで耳にする機会を作る必要がある。
早く、NTTの1割に相当する250万通のレベルにしなければ、NTTの仕掛け次第では、簡単に会社が消えてしまう危惧さえある。
「Yahoo!グリーティング」、「ぐるなび」などポータルサイトとの提携や、NTTをはるかに凌ぐキャラクター、生花束、鉢植え、アレンジメントフラワーなど、アニバーサリー向けのギフトも揃えて、NTTの牙城を攻撃する準備は着々と整っている。
Hさん双肩には、巨大なNTTに立ち向かう、この会社の姿を見て次に続く多く
起業家たちの期待が圧し掛かっている。
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