会社勤めをしていて、営業方針を巡って経営者と考え方が大きく違うときほど厄介なことはない。多少の違いなら修正が利くが、違いが大きすぎると退社することも覚悟しなければならなくなる。
建設会社に勤めていたHさん(51)の場合、2000年4月に施行された「住宅品質確保促進法」が直接の原因だった。この法律は、新築住宅の10年保証を謳い文句に、住まいの安全を担保するための法律だが、住宅建築を行なっている会社にとっては、間違って不良住宅を売り出すことがあったら、命取りになりかねない法律だ。
Hさんは、住宅建築会社を相手に造成地の地盤調査を行なう部門の部長をしていた。勤めていた建設会社では、全体の売上げの1割に満たない小さな部門だったが、住宅品質確保促進法の施行をテコに売上げの拡大を図ろうと策を練っていた最中のこと。
それまでは、主に地場の工務店や中小住宅メーカーを対象に営業展開をしてきたが、そこに新しく就任した社長の方針は、大手住宅メーカーを中心とした営業展開へと舵を大きく切ることだった。
確かに、大手住宅メーカー相手の取引なら、一度食い込むと仕事量の確保は楽になる。ただ、価格見積りに対する注文が厳しくなって、利益を出すのが難しい現実はこれまでも何度も経験している。
それよりは、街の工務店を相手にすることで、信用度は低いから管理に注意を要するが利幅が大きく、会社にもたらす利益は大手とは比べものにならないはずだ。
Hさんと社長とのやり取りは1年以上続いたが、結局は会社側から突然の解雇通告を受けて H さんは退社した。
会社を辞めたHさんには、他社からの移籍話もあったし、直ぐに独立開業をする手もあった。彼は、最初から建築畑で育った人間ではなく、学校では機械工学を専攻していて、若い頃は航空機整備の仕事にも就いたことがある。
地盤調査の仕事は10年の経験だったが、エンジニア特有の研究熱心な性格によって、工務店などお客さんからの信頼は厚かった。
そこで彼の選んだ道は、半年間を独立開業の準備期間として、ハローワークでキャリアアップ講座を受講、またCADの勉強、商工会議所主催の起業支援講座でマネジメントのノウハウを学び開業に備えた。
その後は、事業計画の作成、工務店への挨拶周り、新規顧客作りと全力で走り始めた。特に、想定事業地域にある500件以上の工務店の情報収集を行ない、ダイレクトメールを送るなどキメ細かな営業展開に徹した。
また、当初は想定していなかった大手住宅メーカーとも接点ができ、現在では取引を開始している。
地盤調査の仕事は、住宅建築会社から仕事を受注すると、調査や工事のハードの業務は外部の協力会社へ委託して、Hさんの会社はデータ分析と補強工事の方法などソフト業務のノウハウが生命線になる。
これまでの経験とデータの数字、周辺情報とを総合的に判断して、最適な工事計画を住宅会社に提案する仕事は、責任も大きいが遣り甲斐もある仕事。
Hさんは、会社勤めの頃とは違った緊張感で仕事に取り組んでいる。
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