人材派遣会社をはじめて6年目を迎えるKさん(46)の会社での朝は、社内会議室、派遣スタッフ希望者との面談ブース、社長室と自らの手による掃除で始まる。
01年1月の業務開始以来、Kさんは朝の掃除をする社長さんとして知られている。それは、苦労人Kさんの人柄を現している。
彼が、最初に仕事に就いたのは、学校を中退して何気なく飛び込んだ製薬会社の営業職だった。この世界は、医師の存在が絶対の世界。不条理この上なかったが、ここで徹底的な誠意と真心で多くの医師の心を掴む。
その後、病院事務などを経験して、35歳の時に大手弁当製造会社が運営する人材派遣子会社に入社した。
現在の八王子に本社を置く会社は、この人材派遣から分離独立した会社で、Kさんが40歳のときに同僚7人を引き連れて設立だった。
人材派遣業は現在、業界の売上高も、派遣労働者数も、派遣先件数も、右肩上がりで急成長を続ける花形産業だ。
99年には、派遣対象業務が原則自由化され、04年には、数少ない派遣禁止業種の一つだった製造業が解禁された。
現在では、派遣労働者全体の約3分の1が製造業に派遣されていると云われるほどに、製造現場への派遣が一般化している。
成長著しい人材派遣業だけに、新規に起業して参入を目指す業者も数多い。
そのため、個々の業者は他の派遣業者と差別化を図るために、知恵を絞っている。
Kさんが、早朝から社内の掃除をするのも、仕事帰りに社員と居酒屋で酒を飲むのも、人材派遣会社の社長ならではのイメージ作りだ。人材派遣会社は、派遣先会社の信頼を得ると同時に、派遣スタッフからも支持されなくては、業績を伸ばすことはできない。
Kさんの会社は設立当初から、年中無休の人材派遣を売り物にしてきた。
直ぐ働きたい求職者と、直ぐに人の補充をしたい求人側とを結びつけるため、深
夜のお客さんからの問い合わせにも直ぐ対応できる、社員の「自宅が営業所」体制を早くから作ってきた。
しかも、製造業への人材派遣が解禁になる3年も前から、東京三多摩地区、神奈川県中央部、埼玉県南西部の国道16号線沿いの工業地帯をターゲットに派遣準備を進める綿密さだ。
人材派遣での起業は、将来を見越した効率的な派遣先企業探しと、派遣スタッフ集めが求められる。
現在は、製造業への派遣で大当たりしたが、中高年の派遣需要の掘り起こし、正社員となる人材紹介の参入など、次の展開への取り組みは既に始まっている。
早朝の静まりかえって社内で、雑巾を冷たい水で洗いながら、Kさんは次の戦略を考えていることだろう。
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