20代の若い時期に起業する人は、人生で一度も挫折を経験したことがないと云う人が多いが、4、50代の起業には、その人の挫折が大きな影を落としているケースが多い。
神奈川県下で3つの学習塾を経営しているF さん(46)にとっての挫折は、4
0代になってからの大病だった。
彼は学校を卒業すると一時期、家業の薬局で働いていたが業績が下降線をたどり続け、33歳で大手ドラッグストア・チェーンへと転職した。地獄はここで待っていた。
ドラッグストアは、年中無休の業界。F さんは入社当初から、一地域の統括担当として、割り当てられた10店以上の店舗の売上げやスタッフ管理、マネジメ
ントを、各店の店長と協議しながら運営することになった。
建前上では週休2日制になっているが、実際に休めるのは2週に1日。ストレスがどんどん溜まり、体に悪いと分かっていながら酒とタバコの量もどんどん増える生活を続けていた。
この時期、Fさんは家を買ったために住宅ローンがあるし、子供の教育費もかさんでいた。
無理は承知で疲れた体で残業をし、ストレス解消で深酒、アルコールがまだ抜けきらぬ体で、朝になると出社する生活が8年、9年と続いた。
学生時代には、柔道で鍛えた逞しい体もぼろぼろになっていたある日、いき
なり視界がぼんやりして、真直ぐ歩くことさえ出来なくなった。
慌てて病院に駆け込むと検査の結果は、血糖値が800を超えて重度の糖尿病と診断された。普通、健康な人なら70から110とされる血糖値が、その8倍にもなっていた。
即刻、強制入院である。もう、住宅ローンとか子供の教育費とか云ってられない。
ただ、この時の地獄のような入院生活によってFさんは、自分の人生を一からしっかり振り返ることができた。
これまでは、カネ、カネ、カネで人生を一気に走り抜けることばかりを無意識に考えていたような気がするが、本当に大事な自分の健康のことと、家族と楽しい時間を過ごすことを忘れていた。
大変な挫折を経験して、もう一度一からやり直そうと思った。
10年間のドラックストア勤めを辞めて、F さんが健康を取り戻すために、独立
開業の道として選んだのは個人指導の学習塾だった。
フランチャイズ・チェーン(FC)の手を借りずに、自力での塾運営である。
学習塾なら、平日の夕方までの時間は自由になる。かれは、この時間にウォーキングや近くのスポーツクラブで汗を流すことで過ごしている。
独立したのは健康を取り戻すことが第一で、一攫千金を狙っての開業ではない。身の丈にあった起業によって、血糖値も100まで下げることができ、塾経営もスタップ10人で3教室を運営している。
今年からは、独立開業で塾経営を目指す人向けに、立ち上げや運営ノウハウの提供も行なっている。
誰もが、今自分が倒れたらこの先どうなるのだろうかと、漠然とした不安を抱えて生活している。だが、その先にあるのは地獄ばかりではない。
成果主義が幅を利かせる現在の企業にあって、自分を守るのは、やはり自分でしかいないことを、日頃から肝に命じることが大切だ。
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