7年前、当時35歳だったSさんは、それまで経験したことのない焦燥感に襲われた。
彼は学校を出ると、地元の店舗が5店あるメガネ販売店に16年勤めていたが、商売の方法を巡って社長と衝突していた。当時、メガネの安売りチェーン店が全国展開を着々と進めており、創業40年を誇るSさんのメガネ店がある南関東の中核都市にも、大型店舗が何軒も出店を始めていた。
韓国製のレンズに中国製のフレームを使って、安いメガネは5000円から安売りチェーンの店頭に並ぶ。一方、国産品やブランド品を扱うSさんの店では、最も安くても10000円は下らない。Sさんは、思い切って安いメガネも扱わないと商売にならないと社長に訴えたが、売上減少に悩んでいた社長の怒りをかったようである。
社長との意見の対立と同時に、年齢的に40歳を過ぎても店員でいるのは辛いと感じてした。メガネ販売店は会社組織になっているとはいえ、同属会社で役員も店長も社長の息子か親族が占めていた。
以前は、店員が一定の年齢になると暖簾分けのカタチで店舗を出してもらって、分社していくカタチが一般的だったらしいが、Sさんが入社して以降は辞めた後はタクシーの運転手やビルの管理人など、将来に夢を抱かせてくれる先輩はいなかった。
メガネ販売は医療行為に準じた職業なのに、特段の資格も必要なく、資金と商品があると開店することができる。
悩んだすえSさんは、やはり地元でメガネ店の開店を決意した。その時、開店のためにかき集めた資金は100万円に満たなかった。開店当初は店舗を持つことができず、自家用車に昔からの馴染にタダでもらった中古の視力検査機器を積み込み、開業資金で買い込んだレンズとフレームの在庫を載せて、メガネの宅配からスタートした。
飛び込み営業で住宅地を回ってもまるで売れなかったが、知人の伝手で紹介された会社での販売で顧客をつかみ、次第に会社から会社へ売店に軒を並べさせてもらったり、食堂の側で売らせてもらったり、商売は軌道に乗っていった。
開業1年で月々200万円近い売上げになったが、そこから先の展開が苦しいものだった。同じようなメガネの宅配をする業者が現われたり、安売りメガネ店が、至るところで開店を始めたのだ。Sさんも、人を雇って宅配車を増やしたり、住まいの近くに店舗を構えたり、インターネットによる販売も試みている。
転機は3年前に起こった。Sさんは、大胆な顧客の絞込みを行ったのだ。彼は釣りに使う偏向サングラスに特化した販売に、商売の柱を切り替えた。普通のメガネ販売を行いながら、釣る場所や魚によって合うレンズが変わる偏向サングラスを、試用と微調整を繰り返しながら売るという手間の掛かる販売をしてる。また、忙しいサラリーマンには、メガネの訪問販売は根強い人気があることも学んだ。
彼は、他のメガネ店にはできない非効率なサービスに徹することで、固定客作りと安売り競争に巻き込まれない商売をしている。
○ 開業1年目でそこそこの成功を収めたにもかかわらず、それに満足すること
なく次のステップを目指す起業家精神は、見習いたいものです。
○ 絶えず変わるビジネス環境の変化に積極的に対応している点は、これから起業をする人にとっても、既に起業をしている人にとっても大変重要なことです。
○ メガネの販売は、一般に技術など不要に思われているが、実際にはその技術を抜きにして販売しているのが現状で、高品質なメガネは調整することによってその価値を発揮します。
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