96年2月、東京に本社を置く地下工事専業の中堅建設会社が突然倒産した。当時、東北の県庁所在地で営業所長をしていたTさん(51)以下所員全員が、丸裸で冬空に放り出された。90年代初頭のバブル経済の崩壊以降、日増しに景気が悪くなる中で、微かな薄日が射して公共事業予算が拡大された時期である。
取りあえずほとんどの営業所勤務者は地元の建設会社に就職できたが、高い技術レベルの地下工事に従事していた日々と、素人でもできる建設作業に追われる毎日の仕事に、誰もが違和感を覚えていた。
そんな昔の仲間が集まっての飲み会の席で、再び以前の営業所員が結集してTさんを中心に会社結成の話が持ち上がった。酒の勢いでまとまった話は、酒が体内から抜けると同時に立ち消えになるのが相場である。
所が、高い技術レベルの仕事を求めて本気で5人が結集した。彼らには、以前の会社時代に蓄積したアイデアや技術があった。
98年3月に会社を設立。この時期、アジア発の金融不安が一気に世界に拡大して、世の中では会社の倒産は日常茶飯事だったが、会社の設立となると、特に経営環境の厳しい建設業界では非常にまれな時期であった。
この時期、会社設立と時を同じくして、この会社の背骨となる大気圧を利用して地下水をくみ上げる工法を完成している。建設現場の基礎工事において地面を掘り下げる場合、発生する地下水の水位を下げなければ地盤が崩れる危険性が高い。この会社は、掘った穴に管を通して中の空気を抜き取り、真空状態を作ることによって大気圧を利用してわずかな力で大量の排水を可能にした。工期も費用も大幅に減らすことのできる、建設業界の画期的な発明である。
昨年は、東北地方発明表彰においてこの工法が、特許庁長官奨励賞を受賞している。
この技術を東京の大手ゼネコンの協力を得て開発し、特許を共同出願で取得。99年には6000万円だった売上げも、03年には5億5千万円に達している。その後も新たな特許の取得を重ね、現在は本社と4営業所、従業員21人の技術開発型企業に成長している。
一度は勤める会社の倒産で失意の日を送ったTさんも、週末に自宅に帰る以外は、全国を飛び回る充実した毎日を過ごしている。
ポイント
○ 自分の周りを見渡すと、意外に多く起業の種は転がっている。特に、仕事や職場を変えたときに、その価値が見えてくることが多い。
○ 会社が倒産してから、一度勤めて、また起業するときまでの時間の長さに耐えられるかが問題である。起業は、そのノウハウ以上に精神面の強さが試される。
○ 大手ゼネコンの協力など、外部のパワー活用は小企業にとって重要。コネがない場合は、間にコンサルタントを依頼する手もある。
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