建築模型の制作会社を営むSさん(53)は、連日建設会社や住宅メーカーを訪問して注文取りに忙しい。
遅れて情報システム化が始まった建設業界においても、最近はCADによるコンピュータグラフィックデザインを駆使して、建設依頼主に完成予想図を見せる方法が一般化している。それでも、モニターや紙面に描かれる建築物より、周辺環境を含め一目で全体像が見渡せる紙製の模型には、根強い人気がある。
Sさんは、20年以上勤めていた住宅販売会社を辞めて5年になる。彼は入社以来、住宅の販売営業一筋で仕事をしてきた。ところが、住宅業界もIT化とリストラの波が押し寄せており、当時拡充を急いでいたリフォーム子会社への転籍を上司から迫られていた。
また、長年の勘と経験に頼るSさんの仕事への取り組みが、職場では次第に浮き上がっていたことにも悩んでいて、思い切って退職を決断した。
建築模型への転身をはかる直接のきっかけは、Sさん自身が自宅を新築する際に、奥さんの趣味で作った紙製の住宅模型だった。Sさんの家は、勤めていた会社が新たに予定していたシリーズを試験的に建てることが目的で、その際、奥さんの趣味の紙模型で建築予定の住宅を作ってもらったのが始まりだった。PR用に作った住宅と模型だったが、模型の方だけが、完成図や画面での説明より説得力があると話題になって後に残り、新シリーズの住宅は、豪華なつくりがその後の不況で嫌われて、シリーズ化することなく消えてしまった。
Sさん自身その後の営業で、奥さんに作ってもらった模型を建築依頼主に見せて、交渉を成約に結びつけることが何度もあって、建築模型の商品性を肌で実感していた。そこで建設会社や住宅メーカーに模型を受注販売する会社を設立したのが5年前である。
設立当初は、建築模型への馴染みもなく苦戦を強いられたが、半年くらいから注文が入るようになり、1年で順調に仕事が回りだした。建築不況の真っ只中にあっても、Sさんの昔からの人付き合いと、少ない建築戸数の一件一件を大切する最近の風潮とがあいまって引き続き注文は多い。設立当時から、Sさんが会社周りの営業を担当する一方、奥さんは知り合いの女性の協力を得て模型の制作とインターネットを通じてのPR活動をする役割は変わっていない。
現在は取引会社も増え、奥さんの制作も手一杯なので、会社のスタッフを拡充する方で次の事業展開を考えている。
ポイント
1 事業の成功は奥さんの制作技術に負うところが大きい。また起業においては、夫婦や親子など近親で始めると、気心の知れた大きな戦力を手っ取り早く得ることができ、起業成功の大きな要因である。
2 Sさんは古いタイプの営業マンであるが、得意とする人と人とのつながりを上手くいかす建設営業の要領は、ネットの世界では真似のできない強みである。
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